2014年6月18日水曜日

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された

コクワガタ3型に関する私の論文

Iguchi (2013)
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Coleoptera: Lucanidae)
European Journal of Entomology, 110: 159-163.

これが,チェコ・プラハのカレル大学の学生卒論に引用されていた。

原題:
Mechanismy sexuální selekce u listorohých brouků se zaměřením na podčeleď Scarabaeinae (Coleoptera: Scarabaeoidea)

英文タイトル:
Sexual selection in Scarab beetles with empahsis to the subfamily Scarabaeinae (Coleoptera: Scarabaeoidea)

著者:
Kateřina Kněnická

この p.30 である。ただし,本文がチェコ語のため,私も正確には読めないのが難点である。

少し驚いたのは,自分としては,形態学的な研究 (morphological study) をやったつもりなのだが,性選択 (sexual selection) の卒論に引用されていたことである。しかも,主要結果のグラフではなく,コクワガタの大顎の変異を示した次の写真が,そのまま引用されていた。

Mandible trimorphism in the stag beetle
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Iguchi, 2013)

いずれにしても,学生に引用されたのは,ベテラン研究者に引用されるより嬉しい。コガネムシ科(family Scarabaeidae)を勉強する上で基礎的文献とみなされた(と自分では思う)からである。

ただし,このコクワガタ論文が掲載された雑誌 European Journal of Entomology がチェコで発行されている雑誌なので,引用しやすかったのかもしれない。

なおこの論文は,ロジスティック回帰 (logistic regression) とセグメント回帰 (segmented regression) を使った最適統計モデルを,AIC (赤池情報量規準 AIC, Akaike's Information Criterion) で探索したものである。

AIC は,故・赤池弘次が残した情報理論に関する,日本が世界に誇る業績である。しかしながら,大学の授業で統計学を学んだ学生でも, AIC の理論や用法,さらには赤池のことを知らない人も多い。

統計数理研究所のウェブサイトには,赤池弘次の業績を紹介した赤池記念館がある。大学の統計学の授業でも,赤池のことに是非触れて欲しいものだ。 2006 年に第 22 回京都賞を受賞したときの赤池のメッセージが YouTube に残されている。

このコクワガタ論文では,オス大顎 3 型の分類に関して,写真 (a), (b), (c) の形態的分類とセグメント回帰による 3 直線フィットの分類の一致度を調べた。その際, Fleiss カッパ係数 (Fleiss’ kappa statistic k) が使われた (Fleiss, 1971)。その結果は, κ=0.81 で,両者の分類が,非常に良い一致を見ることが判明した。

Cohen カッパ係数と Fleiss カッパ係数の違いや,その意味するものについては,以下の論文に詳しく解説されている。

統計解析を用いた信頼性の評価 1
倉持龍彦・對馬栄輝・下井俊典・井口豊・宮田賢宏・大塚紹・大友学・若狭伸尚・村野勇・米津太志・角田恒和
医工学治療 30 (2): 73-77. (2018)

なお,「セグメント回帰」を「折れ線回帰」と呼ぶ場合があるが,これは必ずしも正しくない。不連続で断片的な直線として表される場合が存在するからである。コクワガタの例がそれである。

セグメント回帰は,私が統計解析を指導した松延祥平さん(当時,筑波大学修士院生)の研究でも使われ,優れた結果が専門誌に掲載された。

Matsunobu S. and Sasakura Y.
Time course for tail regression during metamorphosis of the ascidian Ciona intestinalis
Developmental biology, 405(1), 71-81.

その論文 Fig 4D がセグメント回帰である。

セグメント回帰に関しては,以下のページも参照。

そこでは,私自身の最近の研究と,私が統計データ解析を協力した島田さんの研究,ともに樹木選定 (tree pruning) に関する論文を扱った。

Iguchi, Y. (2024)
Change Point Analysis to Detect the Effect of Pruning Severity on Tree Growth
Open Journal of Forestry 14: 67-73.

Shimada, H. (2023)
Effects of Pruning Types on Tree Vigor of Bamboo-Leaf Oak Inferred from Allometric Analysis
American Journal of Plant Sciences, 14, 1430-1438.

放送大学「統計学」(藤井良宜)は,初歩的な科目ではあるが,第 1 回から,いきなり AIC を解説し,赤池弘次氏が京都賞を受賞したことにも触れている。放送大学の講義内容には感心するものが多い。

参考文献
Fleiss J.L. (1971)
Measuring nominal scale agreement among many raters
Psychol. Bull. 76: 378–382.

このコクワガタの 3 型論文は,ザトウムシ(harvestmen)の一種 Pantopsalis cheliferoides の 3 型を研究した以下の論文に引用された。

Painting et. al (2015)
Multiple exaggerated weapon morphs: a novel form of male polymorphism in harvestmen
Scientific reports, 5.

日本では,動物の 3 型の研究が,まだまだ進んでいない。これは,多型と言えば 2 型,という先入観があるためかもしれない。日本のカブトムシの 型に関しても,以前,私が報告した。

Iguchi Y (2000)
Male trimorphism in the horned beetle Allomyrina dichotoma septentrionalis (Coleoptera, Scarabaeidae)
Kogane, 1: 21-23.

Iguchi Y (2002)
Further evidence of male trimorphism in the horned beetle Trypoxylus dichotomus septentrionalis (Coleoptera, Scarabaeidae)
Special Bulletin of the Japanese Society of Coleopterology, 5: 319-322.

前者は,以下の論文に引用された。コガネムシ研究会発行の雑誌 Kogane で,海外の研究者に引用された最初の論文かもしれない。

Rowland, J. M. and Emlen, D. J. (2009)
Two thresholds, three male forms result in facultative male trimorphism in beetles
Science, 323: 773-776.

日本のカブトムシの 3 型が,どのような状況で出現するのか,行動的な違いが見られるのか,などの研究も進んでいない。