2014年11月30日日曜日

標準偏差の名付け親は,相関係数で有名なピアソン,不偏標準偏差の話題と共に


私が論じた様々な統計学的な話題のリストは,研究室トップページの「統計学関連の話題」で見られる。
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標準偏差の意味や計算法を知らなくても,その言葉自体は,耳にした人も多いと思う。

少しでも統計学をかじった人なら,標準偏差を英語で Standard Deviation と書くことも知っているはずである。

ところがどうも,このStandard Deviationの由来,つまり,誰が名付けたかを知る人は,ずっと少ないらしい。そういえば,大学等で使われる統計学の教科書でも,この語の由来を記したものを私は知らない。

この語を最初に使ったのは,Karl Pearson である。日本人にとっては,「相関係数」で馴染み深い,あのピアソンである。それが公式に登場したのは,次の論文である。

Pearson, K. (1894)
Contributions to the Mathematical Theory of Evolution
Philosophical Transactions of the Royal Society of London. A, 71-110.
https://archive.org/details/philtrans02543681

このURLで全文を見られる。

なお,右下の全画面記号
全画面記号(full screen)
それをクリックし,現れたページで右上のスピーカー記号
スピーカー記号(aloud)
それをクリックすると,論文を英語で読み上げてくれるので,それも面白い。

この論文5ページ目(本文p.75),下から4行目を見てほしい。

" standard-deviation" (Gauss's " Mean Error," Airy's " Error of Mean Square")

ガウスが Mean error (平均誤差)と呼び,エアリーが Error of Mean Square(平均平方誤差)と呼んだ計算式に対して,敢えて,ピアソンが standard-deviation と呼んだのである。

実は,これは公式な論文の話であって,非公式には,1893年1月31日の講義で,そう呼ばれていたようである。

このことは,数学用語の歴史的由来を解説した有名な次のサイトで知ることができる。ただし,日本人には案外知られていないサイトかもしれない。

Earliest Known Uses of Some of the Words of Mathematics

アルファベット順に用語が挙げられているので,Sのページで,STANDARD DEVIATIONを見ると

The term "standard deviation" was introduced in a lecture of 31 January 1893, as a convenient substitute for the cumbersome "root mean square error" and the older expressions "error of mean square" and "mean error."

ガウスの mean error などの用語は,専門的過ぎて分かりにくい(cumbersome),だからもっと簡単にして, standard deviation と呼ぶ,とピアソンは言ったのである。

もしかすると,自分の名付けた用語こそスタンダードだ,と言いたかったのかもしれない。実際,現在の状況を見れば,ピアソンの予想どおり(?),彼よりはるかに著名な科学者ガウスを差し置いて, standard deviation という呼称が,文字通り標準となっているのである。

なお,不偏標準偏差(Unbiased Standard Deviation),つまり,標準偏差の不偏推定量 D は,標本サイズが大きくなると,近似的に,平均からの偏差平方和を n−1.5 で割った値の平方根として求められる。
不偏標準偏差(Unbiased Standard Deviation)

このことは次の論文に書かれている。

Brugger, R. M. (1969)
A note on unbiased estimation of the standard deviation.
The American Statistician, 23(4), 32-32.

不偏分散(Unbiased Variance)が, n−1 で割った形であることは良く知られている。
不偏分散(Unbiased Variance)

しかし, n−1.5 で割った不偏標準偏差の形は,あまり知られていないようである。ウィキペディア(Wikipedia)の標準偏差の項目にも書かれていなかったので,私(Iguchi-Y)が書き加えておいた。

そこにも書いたことだが,困ったことに,不偏標準偏差の定義は二通りある。このブログで私が定義したように,標準偏差の不偏推定量 D を不偏推定量と呼ぶ人もいれば,不偏分散 U2 の平方根を不偏標準偏差と呼ぶ人もいるのである。どちらの定義が使われているか,十分注意が必要である。

2014年11月17日月曜日

アキアカネ,諏訪湖へ下る: 高ボッチの蝶,活断層,草競馬の話題も含めて



10月24日午後4時,私の研究所近くで,アキアカネ Sympetrum frequens のオス発見。見事な赤トンボである。



毎年,秋になると,岡谷市上空を飛ぶアキアカネの群が見られる。少なくともその一部は,夏に高ボッチ山(標高1665m,下の地図中のT地点)付近で過ごし,秋になると諏訪湖方面へ向けて下りてくる個体群のようである。ただし,これは私の研究所の予備調査段階での話であり,詳細かつ十分なデータは未だ得られていない。

高ボッチ山は,八ヶ岳中信高原国定公園に属し,県内有数の夜景の名所としても知られる。また,毎年8月に草競馬大会が開催される場所でもある。

地質学的には,国内第一級の活断層と称される牛伏寺断層を南に延長すると高ボッチ山の西麓付近に至り,塩尻市の地震情報ページでも紹介され,注意が促されている。

昆虫学的には,高ボッチ山は,アキアカネ生息地としてよりも,チョウの一種ヒメヒカゲ Coenonympha oedippus の生息地として有名な場所である。ただし,高ボッチを含む岡谷市・塩尻市のヒメヒカゲは,地域個体群として,長野県希少野生動植物保護条例により,希少野生動植物に指定されている。

より大きな地図で見る

2014年11月9日日曜日

大月ホタルの里(新潟県南魚沼市): 辰野町から外来種ホタルを移入

最近知って,仰天した「ほたるの里」の話題である。

新潟県南魚沼市の大月ホタルの里は,なんと,辰野町から移入されたホタルを養殖しているというのである。大月ホタルの里の説明を読めば,ご丁寧にも,長野県辰野町から譲り受けたホタルと書かれている。


より大きな地図で 大月ホタルの里(新潟県南魚沼市) を表示

正確に言えば,辰野のどこのホタルを持って行ったか分からない。しかし,いずれにしろ,大月ホタルの里には外来種ホタルが存在することになる。

もし松尾峡から移出したゲンジボタルならば,辰野町役場は,関西系統の外来種ゲンジボタルを南魚沼市まで意図的に拡散させたことになる。そもそも,この関西系のゲンジボタル移入によって,松尾峡に本来生息していたゲンジボタル在来種は滅びてしまったのである。そ知らぬ顔をして他県へホタルを移出する辰野町役場。その行為は犯罪的と言っても過言ではない

Yahoo!知恵袋で,「今後も移入することはない」と偉そうなことを言う辰野のホタルガイドyamada_de_net)がいるが,県外へ意図的にホタルを移出しているのだから,詐欺師まがいのホタルガイドと言えよう。

なお,南魚沼市女子力観光プロモーションチームから届いたメールに依れば,大月ホタルの里では,辰野町のように外来種ホタルであることを隠して入場料を徴収するような観光政策は行なっていない,とのことである。

参照サイト
長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの
辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ

さらに,fukuokadonax氏によって,YouTubeに投稿された動画・辰野の蛍(養殖と天然)は,松尾峡の外来種ゲンジボタルと鴻ノ田の在来種(天然)ゲンジボタルの比較した秀逸な動画である。詐欺師まがいのホタルガイドからニセ情報を吹き込まれた人々には,このような動画を使って,改めて辰野町のホタル生態破壊の現状を知って頂きたい。


2014年9月23日火曜日

辰野町議会の茶番劇,水森かおり「辰野の雨」の話題も含めて


演歌歌手・水森かおりが歌っている「辰野の雨」に関して,辰野町議会(平成24年第8回)が話題にしているのを初めて目にした。

その議会の質疑応答で,またまた腰を抜かすほどびっくりしてしまった。

まず,この歌とは関係ないが,三堀善業議員の質問の中で,ホタルを取り上げた部分(p.94)。

「辰野町はその環境を良いものを持っているということの一番の証がホタル、だろうと思います。自然に出て来るものをもう65年も繋がるその祭りにしているっていう、こんなところはおそらくないじゃないですかね。」

なんとも,とぼけた発言である。

くどいようだが,辰野町・松尾峡のゲンジボタルは,観光用に移入された外来種である。「辰野ほたる祭り」は,昭和23年から続いているという(辰野町観光サイト)が,その祭りの歴史の中で,昭和30年代から,外来種ゲンジボタルの移入養殖が始まったのである(長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの)。

以前ブログで触れた共産党の根橋俊夫氏といい,今回の三堀善業氏といい,この町の議員は,知っているのに知らんふり,外来ホタル移入なんぞ無かったのごとく議員を演じ続けている

次に気になったのは,矢ヶ崎克彦・前町長が,演歌歌手・水森かおりの歌「辰野の雨」を作詞作曲した伊藤薫氏に触れた部分(p.133)。

あの頃も既にホタルということは絶滅の状態、日本では。しかしそれを守り抜いている所が10箇所ぐらいあるんですが、その中でも非常にたくさん、きれいに発生しているということを自然発生であります。・・・丁度、自然環境、今、またあの頃よりまたずーっと大事な社会的要素になってきたわけでありますので」

前半部の発言は,伊藤氏のものだろうか?そうであっても,もちろん,伊藤氏に問題があるわけではないし,彼が松尾峡ゲンジボタルが観光用外来種だと知らないとしても仕方ない。いわゆる「ご当地ソング」とタイアップして町おこしを図るということも納得できる。

問題は矢ヶ崎・前町長である。絶滅状態のホタルを守り抜いている?自然発生?自然環境が大事?よくまあ,ろくに考えてもいないようなことを,デタラメを並べて,恥ずかしげもなく言ったものである。

この矢ヶ崎氏,平成21年14回辰野町議会定例会(p.20)でも,
ホタルの移動事態は自然の生物のホタル体系を崩すもとであるというようなことも大きな問題
と述べたのだが,これは,松尾峡ホタルを無断で捕獲し東京へ持って行こうとした会社員が,役場職員に警察へ突き出され,役場の要請?で送検された事件の話なのである。

いずれの議会答弁でも,ご立派なことをのたまう矢ヶ崎氏であるが,松尾峡ゲンジボタルが観光用に移入されたとは,一言も触れずに,町長を退任したのである。

松尾峡に,「ほたる童謡公園」と言葉にするのも恥ずかしい名が付けられた金属製遊具施設を,ヘイケボタル生息地を潰してまで作った辰野町。そこの町長には,「自然環境が大事だ」なんて言ってもらいたくない。

「自然環境が大事だ」とは,本当は思ってもいないらしい町史の流れは,現町長・加島範久氏にも脈々と受け継がれており,さらに数千万円(元は税金?)をかけて,ほたる童謡公園とやらに大型遊具施設を新設した。この加島氏がまた,「豊かな自然に恵まれた辰野町」などと,うそぶいているのだから驚いてしまう。この町の歴代町長には,厚顔無恥という言葉を送りたい。

Yahoo!知恵袋に登場した辰野町のガイドボランティア氏によれば,外来種ホタルであることを隠しているわけではないが,「辰野町のイメージを悪くするようなことを,わざわざ自分から言う人はいない」そうである。しかし,理由はどうであれ,結果的に隠していることに変わりない。その知恵袋でも,質問者や他の回答者は,辰野町のやり方に決して納得していないことが分かる。前述の議会の質疑を読んでも,再度言うが,外来種ホタル放流なんぞ無かったかのように見せかけているとしか,私には思えない。

「ほたるの里」に名を借りて,自画自賛の茶番劇や猿芝居を繰り返す辰野町議会。開示された議事録だけ見れば,後世の人は,外来種ホタル養殖事業のことに誰も気づかないだろう。松尾峡ホタルに関する限り,この町の行政には,ウソで塗り固めた歴史が残っていく。

参考サイト
長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの
矢ヶ崎克彦氏、辰野町長4期目も移入ホタル問題に消極的だった
矢ヶ崎克彦氏,汚点を残し辰野町長退任:移入ホタル対策は無視のまま
生物多様性無視!へイケボタル生息地を潰して作られた辰野町ホタルの里の遊技場
辰野町はレジャーランド化?

2014年6月18日水曜日

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された


コクワガタ3型に関する私の論文
Iguchi (2013)
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Coleoptera: Lucanidae)
European Journal of Entomology, 110: 159-163.

これが,チェコ・プラハのカレル大学の学生卒論に引用されていた。

原題:
Mechanismy sexuální selekce u listorohých brouků se zaměřením na podčeleď Scarabaeinae (Coleoptera: Scarabaeoidea)

英文タイトル:
Sexual selection in Scarab beetles with empahsis to the subfamily Scarabaeinae (Coleoptera: Scarabaeoidea)

著者:
Kateřina Kněnická

このp.30である。ただし,本文がチェコ語のため,私も正確には読めないのが難点である。

少し驚いたのは,自分としては,形態学的な研究(morphological study)をやったつもりなのだが,性選択(sexual selection)の卒論に引用されていたことである。

しかも,主要結果のグラフではなく,コクワガタの大顎の変異を示した次の写真が,そのまま引用されていた。

Mandible trimorphism in the stag beetle
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Iguchi, 2013)

いずれにしても,学生に引用されたのは,ベテラン研究者に引用されるより嬉しい。コガネムシ科(family Scarabaeidae)を勉強する上で基礎的文献とみなされた(と自分では思う)からである。

ただし,このコクワガタ論文が掲載された雑誌European Journal of Entomologyがチェコで発行されている雑誌なので,引用しやすかったのかもしれない。

なおこの論文は,ロジスティック回帰(logistic regression)とセグメント回帰(segmented regressionを使った最適統計モデルを,AIC(赤池情報量規準 AIC, Akaike's Information Criterionで探索したものである。

AICは,故・赤池弘次が残した情報理論に関する,日本が世界に誇る業績である。しかしながら,大学の授業で統計学を学んだ学生でも, AIC の理論や用法,さらには赤池のことを知らない人も多い。

統計数理研究所のウェブサイトには,赤池弘次の業績を紹介した赤池記念館がある。大学の統計学の授業でも,赤池のことに是非触れて欲しいものだ。2006年に第22回京都賞を受賞したときの赤池のメッセージが YouTube に残されている。

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2017年4月7日追記

このコクワガタ論文では,オス大顎3型の分類に関して,写真(a),(b),(c)の形態的分類とセグメント回帰による3直線フィットの分類の一致度を調べた。その際,Fleissカッパ係数(Fleiss’ kappa statistic k)が使われた(Fleiss, 1971)。その結果は,κ=0.81で,両者の分類が,非常に良い一致を見ることが判明した。

なお,「セグメント回帰」を「折れ線回帰」と呼ぶ場合があるが,これは必ずしも正しくない。不連続で断片的な直線として表される場合が存在するからである。コクワガタの例がそれである。

セグメント回帰は,私が統計解析を指導した松延祥平さん(当時,筑波大学修士院生)の研究でも使われ,優れた結果が専門誌に掲載された。

Matsunobu S. and Sasakura Y.
Time course for tail regression during metamorphosis of the ascidian Ciona intestinalis
Developmental biology, 405(1), 71-81.

その論文 Fig 4D がセグメント回帰である。

放送大学「統計学」(藤井良宜)は,初歩的な科目ではあるが,第1回から,いきなりAICを解説し,赤池弘次氏が京都賞を受賞したことにも触れている。放送大学の講義内容には感心するものが多い。

参考文献
Fleiss J.L. (1971) Measuring nominal scale agreement among many raters.
   Psychol. Bull. 76: 378–382.

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2015年12月12日追記

このコクワガタの3型論文は,ザトウムシ(harvestmen)の一種 Pantopsalis cheliferoides の3型を研究した以下の論文に引用された。

Painting et. al (2015)
Multiple exaggerated weapon morphs: a novel form of male polymorphism in harvestmen
Scientific reports, 5.

日本では,動物の3型の研究が,まだまだ進んでいない。これは,多型と言えば2型,という先入観があるためかもしれない。

日本のカブトムシの3型に関しても,以前,私が報告した。

Iguchi Y (2000)
Male trimorphism in the horned beetle Allomyrina dichotoma septentrionalis (Coleoptera, Scarabaeidae)
Kogane, 1: 21-23.

Iguchi Y (2002)
Further evidence of male trimorphism in the horned beetle Trypoxylus dichotomus septentrionalis (Coleoptera, Scarabaeidae)
Special Bulletin of the Japanese Society of Coleopterology, 5: 319-322.

前者は,以下の論文に引用された。コガネムシ研究会発行の雑誌 Kogane で,海外の研究者に引用された最初の論文かもしれない。

Rowland, J. M. and Emlen, D. J. (2009)
Two thresholds, three male forms result in facultative male trimorphism in beetles
Science, 323: 773-776.

日本のカブトムシの3型が,どのような状況で出現するのか,行動的な違いが見られるのか,などの研究も進んでいない。

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関連ウエブページ

コクワガタの論文が医学論文扱い?

2014年6月14日土曜日

上高地,志賀高原,辰野町のゲンジボタル:その駆除を巡って


私は視聴しなかったが,TBSの番組「噂の東京マガジン」で,上高地の外来ゲンジボタルと志賀高原のゲンジボタルについて報道したらしい。

上高地 夏の風物詩 ホタルを駆除?

この報道をきっかけに,上高地ゲンジボタルは駆除で,志賀高原ゲンジボタルは保護というのは,おかしいという主張が,ネット上に現れている。

その主張の趣旨は,以下のようなものである。

上高地ゲンジボタルは2000年以降に移入されたが,志賀高原ゲンジボタルは明治時代以前に移入された可能性がある。この時間差が,上高地は駆除,志賀高原は保護という差につながっている,という考えである。

しかしながら,この主張は,長野県のゲンジボタルの系統に関して,正確な学術研究情報に基づいているとは言えない。

もしかすると,「噂の!東京マガジン」の番組作りで,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異について,十分に取材していなかった可能性もある。テレビ朝日サンデースクランブルや同じTBSの番組でも,「ひるおび!」や「Nスタ」は,私のところに電話やメールで取材があったが,「噂!の東京マガジンン」からは,少なくと私には何の問い合わせもなかった。これは情報番組ではなく,娯楽番組であるためなのかもしれないが,中途半端な取材で言いたい放題,という姿勢はやめてほしい。

環境省・自然環境局・生物多様性センター,あるいは,長野県環境保全研究所に,きちんと取材すれば,上高地と志賀高原のゲンジボタルの遺伝的差異に関して説明してくれる,あるいは,その文献や研究者などを紹介してくれるはずである。噂の東京マガジンは,これをやらなかったのかもしれない。

福井工業大学の草桶秀夫,長野ホタルの会会長の三石暉弥,そして私(井口豊,生物科学研究所)の研究グループは,長野県内ほぼ全域に渡り,30ヶ所以上のゲンジボタルDNAを調べてきた。いわば,長野県はゲンジボタル詳細研究のメッカと言える。

外来ゲンジボタルの生態的悪影響が初めて国際的な生態保全誌に掲載されたのも,辰野町の例が最初だった。

Iguchi Y (2009)
The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae)
Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

長野県内のゲンジボタルのミトコンドリアDNAは, ハプロタイプ (haplotype)に基づいて,大きく3タイプに分かれると言ってよい。しかし,そのうちの一つが,本来,長野県には存在しない北陸・関西を中心とするタイプなのである(次の図1参照)。

北陸関西と長野県のゲンジボタルのDNA3タイプ
図1.北陸関西と長野県のゲンジボタルのDNA3タイプ
特に,上高地,志賀高原,辰野町松尾峡に注目
この図は,以下の論文に基づいて作成された。

日和佳政・水野剛志・草桶秀夫(2007)
人工移入によるゲンジボタルの地域個体群の遺伝的構造への影響.
全国ホタル研究会誌 40: 25-27.

日和佳政・大畑優紀子・草桶秀夫・井口豊・三石 暉弥(2010)
遺伝子解析による移植されたゲンジボタルの移植元判別法
全国ホタル研究会誌 43: 27-32.

特に注意してほしいのが,上高地,志賀高原,辰野町松尾峡のDNAタイプである。

志賀高原のゲンジボタルは,県内に広く分布する,いわば長野県在来種であるのに対し,上高地と松尾峡のゲンジボタルは,本来,県内に存在しないDNAタイプを持つ遺伝的外来種(genetically non-native species)なのである。

もちろん,志賀高原のゲンジボタルも,平地(低地)から持ち込まれた可能性までは否定できない。

しかし,県内のゲンジボタルの遺伝子構成を考えると,上高地や松尾峡ゲンジボタルは極めて異質であり,それが在来型に悪影響を与える個体群であることは,上記のIguchi (2009)に示された通りである。

吉川ら(2001)の詳細なDNA研究により,志賀高原ゲンジボタルDNAハプロタイプ(haplotype)OK1は,志賀高原の周辺地域である長野市 松代,芋井,下水内郡 栄村と共通であることも判明している。

吉川貴浩・井出幸介・窪田康男・中村好宏・武部寛・草桶秀夫(2001)
ミトコンドリアND5遺伝子の塩基配列から推定されたゲンジボタルの種内変異と分子系統
日本昆虫学会誌 昆蟲ニューシリーズ,4(4): 117-127.

すなわち,志賀高原ゲンジボタルが長野県在来種であることは,そこが2008年に国天然記念物に指定される段階で分かっていたことである。

上高地ゲンジボタルの駆除を語るとき,私たちが研究してきた,このような長野県内ゲンジボタルの生態的および遺伝的多様性に留意することが重要なのである。

上高地ゲンジボタルの駆除の是非を問題にするなら,問うべきは,志賀高原との比較でなく,外来種であることを隠して有料でホタル見学をさせる辰野町との比較なのである。

辰野町の問題点は,以下のブログ参照:

長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの

長野県が2011年に作成した長野県生物多様性概況報告書にも,辰野町の外来ゲンジボタルについて,
辰野町に移入されたゲンジボタルは在来の集団を駆逐し、この地域特性を攪乱しているとの指摘がある」(p.55–56)
と書かれているのである。

県の報告書に書かれた外来ホタル養殖地を扱わず,志賀高原を云々するなど,何らの作為があったのではないのか。辰野ほたる祭りの開催に配慮したのではないか,と勘ぐってしまう。

テレビ番組の内容を要約したサイトに
05/18 13:24 (TBSテレビ[噂の東京マガジン])
上高地・夏の風物詩ホタルを駆除?
というのがあった。

これによると,
ゲンジボタル(辰野町役場提供)
となっている。画像か動画でも辰野町役場から提供されたのだろうか?もしそうなら,単に,この番組も辰野町の外来種隠しに加担しているに過ぎない。

次の論文p.33には,志賀高原ゲンジボタルが自然発生である,と結論されている

木村和裕・日和佳政・草桶秀夫(2013)
ゲンジボタルの遺伝子解析による人為的放流か自然発生かの判別法
全国ホタル研究会誌 46: 29-41.

さらに,次の図2に示すように,志賀高原ゲンジボタルの発光周期は,長野市飯綱高原のそれに類似し,西日本型ゲンジボタルの外来種を養殖する辰野町松尾峡とは明らかに異なる。

志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期
図2.志賀高原,飯綱高原,松尾峡などのゲンジボタル発光周期

この図2は,次の論文から引用された。

井口豊 (2008)
中部地方におけるゲンジボタルの明滅周期について
全国ホタル研究会誌 41: 43-45.

以上の問題に関しては,辰野町と上高地の移入ホタル問題のページも参照。

全国ホタル研究会では,ホタル類の移入に関して指針を定めているので,それも参照してほしい。
ホタル類等,生物集団の新規・追加移植および環境改変に関する指針

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2014年6月14日以降の追記

辰野町のホタルに関しては,そこから新潟県魚沼市に移出されたことも分かっている。
参照:大月ホタルの里(新潟県南魚沼市): 辰野町から外来種ホタルを移入

松尾峡の外来種ゲンジボタルと鴻ノ田の在来種(天然)ゲンジボタルの比較動画が,fukuokadonax氏によって,YouTubeに投稿れている。鴻ノ田は,朝日新聞・田中洋一記者が,辰野の外来種ホタル問題を記事に取り上げた際,現地取材した在来種ゲンジボタル生息地でもある。

参照ページ
ノーテンキな朝日新聞記者のつぶやき

上高地の外来種ゲンジボタル駆除を巡っては,2014年8月17日に,テレビ朝日・サンデースクランブル美しいホタルを駆除へ・夏の風物詩に何がで,やや詳しく報道された。この番組に,私も出演しコメントしたが,駆除するにしても,しないにしても,他の生物への影響に十分注意すべきである。

なお,この番組関連では,マジで!?【夏の風物詩】ホタルを駆除する話があるらしい,というウェブページの内容も興味深い。Twitterでの反応も掲載されている。

辰野町が,松尾峡の観光用ゲンジボタルを購入したのは,図1に示したとおり,滋賀県・守山市である。2015年10月10日に,守山市ほたるの森資料館で行なわれた環境学習会に,私が講師として招かれ講演してきた。

辰野のホタル 町おこしと保護の課題 - 滋賀県守山市・環境学習会

移入ゲンジボタルの影響で,松尾峡の在来ゲンジボタルが絶滅してしまったこと,その移入ゲンジボタルを増殖させ,辰野町から県外へ移出も行なっていることなどを解説すると,講演後に,出席者から興味と驚きを持った多くの質問が投げかけられた。

2014年5月10日土曜日

ウェルチ検定の意図とは: 標本サイズの誤解とExcel計算の話題も含めて


ウェルチ検定(Welch test)の意図とは,とタイトルに書いたが,正確には,Welch, B. L. (1938)の意図と言うべき話題である。

Yahoo!知恵ノートに,等分散検定から t検定・分散分析(ANOVA)・ウェルチ(Welch)検定への問題点を書いたが,ウェルチ検定と頻繁に言う割には,その出典に触れられていないことが多い。それゆえ,ここで改めて,それについて考察する。

まずは,ウェルチ検定の概要。

2標本問題を考え,それぞれの標本平均を XY,標本分散(母分散の不偏推定量)を s12s22,標本サイズを n1n2 とする。

そのとき,以下のような統計量 T

ウェルチ検定(Welch test)

および ν

ウェルチ検定(Welch test)自由度

を考えると,統計量 T は,近似的に,自由度 ν の t 分布に従うことを利用したのが,ウェルチ検定である。

少し回り道になるが,ここで用語の問題点を指摘しておきたい。何度も繰り返し指摘してきたが,標本サイズ(sample size,サンプルサイズ,標本の大きさ)と標本数(the number of samples, サンプル数)を混同する人が非常に多い。一部の大学教員でさえ,そうなのである。

上記の問題は,2群の問題であるが,この群数と呼ばれるのが,標本数なのである。

そして,n1n2 のことは,標本サイズ(sample size,標本の大きさ)と言うのである。ところが,この n の部分を誤って標本数またはサンプル数と呼ぶ人が非常に多い。

例えば,間淵領吾氏の奈良大学社会学部(当時の所属,現在,関西大学社会学部所属らしい)での講義「調査結果を吟味する」は,その誤りの典型例である。

一方で,正しく注意を促す教員もいる。例えば,富山大学の唐渡広志氏の 統計学講義 第3回 母集団と標本 p.5 の解説のように,n を「標本数とはよばない!」と,!を付けてまで指摘している。あるいは,神戸大学の羽森茂之氏も, 「標本の大きさ(サンプルサイズ:sample size)と標本数」について という pdf で,両者を混同しないように注意を促している。

統計学における教員の誤解は,決定係数R2においても見られる。大学の教員なら,正しく学生に教えてほしいものである。

再び,ウェルチ検定の話題に戻る。

上記のような,面倒な自由度 ν は小数値とさえなりうるが,それは,Welch (1938) の式(9)に見られる。


興味があれば,リンク先のPDFを読んでほしい。

ウェルチ検定という割には,この文献に触れられることは少ない。ウィキペディアのウェルチのt検定の項目でも,この文献が挙がっていなかったので,追記しておいた(ウェルチのt検定の変更履歴,Iguchi-Y)。

今,この文献があまり触れられないと述べたが,三重大学・奥村晴彦氏の t 検定の解説では,きちんとこの文献が挙がっている。たとえ学術論文でなくても,大学教員なら,こうでありたいと思う。

この Welch (1938) の論文を読むと,ウェルチ検定というのが,非等分散のときに,特にそのときだけに,使われるとは書いてないことが分かる。これも流布している誤解のひとつであろう。

Microsoftによる,Excel 分析ツールの説明でも, ウェルチ検定を,分散が等しくないと仮定した 2 標本による検定と説明をしているが,これも正確ではない。

なお,Excel の ウェルチ検定に関連した問題と言えば,TTEST関数を使うときと,分析ツールを使うときでは,計算結果が異なることである。これは前者では,自由度 ν が小数値であっても,それを使って計算するが,後者では,整数値に四捨五入して使うからである。少なくと,Excel2003まではそうであった。この計算上の違いは,上記の Microsoftによる説明に書いてあるが,案外読んでない人,知らない人も多いようである。

ウェルチ検定の利用条件の話に戻ると,Welch (1938) の最初の1,2ページ(p.350-351)に,等分散であると仮定せずに検定する方法を考えようとしているのが分かる。特に,p.351の15行目
it is reasonable to test whether α1 = α2, whatever the ratio of σ1 to σ2.
という部分,この whatever が,分散比が何であっても,平均が等しいかどうかを検定することを目指していると分かる。

つまり,分散が異なる場合に適用されるのがウェルチ検定なのではなく,等分散かどうか仮定しない場合に適用されるのがウェルチ検定なのである。この点は,竹内啓・大橋靖雄(1981) 入門・現代の数学11「統計的推測」(日本評論社)にも,きちんと書かれている。

もちろん, Welch (1938) は,その検定が通常の t 検定より優れている,ということを示したわけではない。しかしながら,等分散を仮定しないという検定が,いつのまにか,非等分散である場合の検定,と理解されている感がある。

Welch (1938) の論文の最初の部分だけでも読むと,彼が何を意図して,この検定を考え出したかが理解できる,統計学の発展の歴史を考える上でも重要な論文と言える。

なお,統計解析ソフト R には,多重比較を行なうのに便利な関数 pairwise.t.test がある。これは,デフォルトでは等分散を仮定した t 検定を行い,オプションを指定するとウェルチ(Welch)検定を行なう。これに関しては,次の Yahoo! 知恵袋を参照。

ウェルチ多重検定と2群の分散分析 t検定,Rのpairwise.t.testを利用

関連ページ

2014年5月3日土曜日

辰野ほたる祭り,今年も外来種を隠したまま,環境破壊の町の姿


2014年 第66回信州辰野ほたる祭り,6月14日開催。しかし,松尾峡のゲンジボタルは,観光用に移入された外来種である。今年も,それを隠してホタル保護育成協力金300円,さらに駐車場料金を別途徴収。

ほたる祭り期間中,ホタル発生数や発生状況を伝える辰野町観光サイト,その中の「ほたるの名所 松尾峡・ほたる童謡公園」を見ても,「ホタル保護の歴史」を見ても,観光用に外来種ゲンジボタルを放流し増やしてきたことは,今なお全く触れられていない。

これらのウェブページでは,外来種移入を隠して,あたかも,天然の(在来の)ホタルを保護してきたかのような美談ばかり記述している。このような美談は,全くのウソ,デタラメである。食品と異なり,外来種を在来種のように宣伝しても処罰されないので,それを巧妙に利用している。

外来種を何年も繰り返し移入して増やしたことは,全く書かれていないのである。私の論文(井口, 2003: 長野県辰野町松尾峡におけるゲンジボタル移入の歴史について)に書いたように,県外の業者から買ったり,もらったりしたゲンジボタルを放流・養殖して増やしたのである。しかも,その外来種の大量放流・大量養殖の結果,地元に本来住んでいた天然記念物指定当時のゲンジボタルを絶滅させてしまったのである(参照:辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ)。

それどころか,辰野町役場のホタル担当者には,観光客はホタルを見にきているので、全体としてホタルが増えればいいのであって、仮に、在来ホタルが減っても構わない,という発言さえもあったのである(参照:「ホタル保護条例」が問いかけるもの

このような姿勢で,ホタル保護などと,よく言えたものである。呆れて,開いた口が塞がらない。考え方からして,環境破壊の町・辰野なのである。

同じ長野県内では,やはり県外から外来種ゲンジボタルが移入された上高地で,環境省は,それを有害種として駆除する計画を示している(朝日新聞 2014年4月10日; 信濃毎日新聞 2014年04月09日)。

上高地のゲンジボタルについても,以前から,私や福井工大グループの研究で,外来種であることが指摘されていた(参照:辰野町と上高地の移入ホタル問題)。しかし,少なくとも,辰野の外来種ホタルに関して,私や福井工大・草桶秀夫教授は,駆除を求めてはいない。駆除によって新たな生態破壊が起きる可能性もあるし,コストもかかると考えられるからである。

私たちが辰野町に要望してきたのは,外来種であることをきちんと町内外の人々に説明し,その問題点を一緒に考えてもらうこと,やみくもに外来種ホタルの数を増やすのをやめること,外来種ホタルの拡散状況を調査し,残された在来種ホタルを区別して保護すること,などである(参照:辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ)。

ところが,そんなことはしたくないし,検討もしない,そもそも観光客に外来種ホタルであることを言いたくない,というのが辰野町役場の主張なのである(参照:長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの)。

今年のほたる祭りでも,ホタル保護育成協力金の名の下に,300円が徴収される。この有料で見られるのが外来種ゲンジボタルであり,周辺地域に残される天然のゲンジボタルは無料で見られる。しかし,辰野町役場は,そのことには一切触れない。

かつて,辰野町観光協会の公式ツイッターでは,こんなことも言っていた。

 辰野町観光協会 (‏@tatsunomachi) (2012年6月26日18:37)

繰り返すが,辰野町では,県外業者から買ったりもらったりしたゲンジボタルを放流・養殖して増やしてきたのである。もちろん,以前は,その問題点が分からなかったという意見も聞いた,しかし,在来生態系に悪影響を与えてきたという問題が明らかとなった現在でも,何ら対策を採らずに,しかも外来種であることを隠して,有料でホタル鑑賞をさせているのである。そんな偽のホタル名所・松尾峡は,辰野町の汚点であり,恥ずべき観光地であると言える。

問題を引き起こしてきた外来種ホタル移入養殖を隠したまま,もっともらしい名前をつけたホタル保護育成協力金(300円)を徴収する辰野町役場は,生物多様性保全の観点から見れば,悪質な行政組織であると私は思っている。

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追記
辰野町に悪しき伝統として根付いた外来種商法(儲かれば外来種でも良いというホタル観光事業)に対して,文化昆虫学的(cultural entomology)観点も含めて論じたのが,以下のウェブページである。

Tatsuno, an ecologically polluted town, defiled Matsuo-kyo Sanctuary for fireflies
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追記

国が年内(2014年)にも,ゲンジボタル,メダカ,カブトムシなどで,国内外来種となっている場合の対策強化を検討し始めた(毎日新聞 2014年05月12日)。辰野町の外来種ゲンジボタル養殖についても規制してほしいところである。
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追記

2015年10月10日に,滋賀県・守山市ほたるの森資料館に私が招かれ,辰野町が守山市で購入した観光用ホタルの移入養殖の実態,辰野から他県への移出の歴史,および天竜川上流のホタルの生息変化などについて講演した。それについては,以下のブログを参照。

辰野のホタル 町おこしと保護の課題 - 滋賀県守山市・環境学習会

辰野町では,養殖した外来種ホタルが増えたからということで,新潟県南魚沼市「大月ホタルの里」に移出もしている。

2014年2月4日火曜日

長野ホタルの会が創立20周年: 三石暉弥先生と生物多様性保全


昨年(2013年)の話になってしまうが,長野ホタルの会が3月19日に創立20周年を迎え,創立20周年誌を刊行した。

長野ホタルの会・創立20周年記念誌
長野ホタルの会・創立20周年記念誌

内容は以下のとおりである。

目次

写真で見る20年間のあゆみ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

創立20周年記念誌発刊に寄せて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
会長 三石暉弥 33/長野市長 鷲澤正一 34/山ノ内町長 竹節義孝 35/長野県環境部
長 山本浩司 36/長野県環境部自然保護課長 市村敏文 37/長野市環境部長 小林 博
38/(財)和合会理事長 佐藤正平 39/志賀高原観光協会協会長 春原良裕 40/信州大
学名誉教授 中村浩志 41/轟 正満 42/伊藤絹子 43/大内 徹 44/大村道雄 45/
黒柳正行 46/小林 功 47/田崎サチ子 48/徳竹利一 49/堀 純子 50

第1章 あゆみ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51

第2章 第43回全国ホタル研究大会 志賀高原大会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57
(平成22年7月16日~18日)
事務局報告 58
大会概要(案内冊子より) 61
されどホタル!!志賀高原大会に感謝‥・!! 山ノ内町長 竹節義孝 72
情報交換誌「ほ-たる来い」より 73
回想記 徳竹利一 76

第3事 情報交換誌「ほ-たる来い」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77
特集1 三石会長執筆のホタルの解説 78
特集2 三石会長からの報告・お知らせなど 95
特集3 会員から-ホタルや身近な自然、会への想い、全国大会の感想など-100

第4章 調査研究 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 117
ホタルの発生状況調査 118
ホタル フリートーク 122
信州ホタル保護連絡会 123
平成20年度連絡会「長野ホタルの会 活動報告」 127
技術支援による復活地の紹介 128

第5章 その他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 137
長野ホタルの会ロゴマーク 138
受賞・賞状 138
ホタルなんでも相談室 143
全国ホタル研究会のホタル類移植に関する指針 144
長野ホタルの会会員名簿 147
長野ホタルの会会則 148
会費に関する規定 149

知らない人も多いと思うが,長野のNを模したロゴもちゃんとある。

長野ホタルの会ロゴ
長野ホタルの会ロゴ

会の活動を伝えてきた長野ホタルの会情報交換誌「ほーたる来い」も,昨年までで66号を数える。

20年と言うと,人間なら,ちょうど成人を迎える年齢である。長野ホタルの会は,会長の三石暉弥先生を中心として,長野県内のホタルの保護や研究に地道に取り組んできた。私のウェブページ「特異なゲンジボタル生息地,志賀高原・石の湯」にも書いたが,三石先生は,私の高校時代の恩師でもある。

三石暉弥先生・第9回信州ホタル保護連絡会(2013年)で講演
第9回信州ホタル保護連絡会(2013年)で講演する三石先生

私の高校時代,三石先生はミヤマシロチョウの研究をしておられた。その頃の著書に,ミヤマシロチョウ(日本の昆虫 13,文一総合出版,1988)がある。このチョウは,亜高山帯に生息する希少種である。石の湯のゲンジボタルもまた,同じように高地に生息する貴重なゲンジボタルである。その研究に三石先生が入られたのも必然なのかもしれない。

私をホタル研究の道へ誘ってくれたのも三石先生である。そのおかげで,辰野町松尾峡の養殖ホタルが外来ホタルであることを,私は生物学的にも歴史的も解明することができた。

上記の記念誌にも取り上げられているが,長野ホタルの会のこれまでの最大の行事は,なんと言っても,志賀高原で全国ホタル研究会・第43回全国大会を開催したことであろう。

全国ホタル研究会・志賀高原大会に出席・発表した井口豊
全国ホタル研究会・志賀高原大会に出席・発表した筆者(井口豊)
さらに同会の最大の功績は,これも上記ウェブページに書いたように,石の湯ゲンジボタル生息地を国の自然天然記念物指定地へと導いたことである。 石の湯は,日本一高いゲンジボタル生息地(標高約1600m)であり,そこの成虫発生期間も日本一長い(5月から10月)。10月末には,なんと雪が舞う状況でゲンジボタルが見られることさえある。

長野県でホタル生息地が県天然記念物となっているのは,石の湯と松尾峡の2ヶ所である。しかしながら松尾峡に関しては,生態を壊しても観光優先という辰野町の政策の下で,ホタル発生数ばかりを自慢する,見るも無残な外来種ホタル大量養殖場と化してしまった。それに関しては,次のウェブページを参照してほしい。

辰野の移入(外来)ホタル 生物多様性の喪失へ
長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの

一方で,石の湯は多い日でも100~200匹程度しかゲンジボタルが見られず,絶滅の危機すらあったが,その少数の個体群を保護し続けてきた。

石の湯では,20年くらい前までは,ホタル目当ての観光客は少なく,人よりもイノシシ?やタヌキに出会うことのほうが多い日さえあった。しかし今では,石の湯の全国的知名度が上がり,夏になると,修学旅行の生徒も訪れるようになり,ホタルの数より人の数のほうが多い日さえある。

しかし以前,三石先生が話しておられた,観光目的だけの商業主義的なホタル生息地にはしたくない,という思いには,私も全く同感である。

この理想を守り続けるためには,観光客も,人工イルミネーションではなく,生態系の一部を見ているのだという思いを,頭の片隅に,ほんの少しでも留めておく必要がある。つまり,生態系の保全(生物多様性保全)とは,保護する側だけの問題ではなく,それを鑑賞する側にも投げかけられた問題なのである。そうことを念頭に置かないと,志賀高原という観光地にある石の湯でも,それがたとえ国の天然記念物指定地であっても,辰野町のような悪弊を再び生み出してしまうような気がする。

2014年1月26日日曜日

協働的学びの場としてのワークショップにおける対話支援に関する研究(水上聡子)を巡って


協働的学びの場としてのワークショップにおける対話支援に関する研究
水上聡子
(福井大学大学院工学研究科システム設計工学専攻・学位論文[博士(工学)])

まちづくりの人材育成のために,ワークショップ(workshop)を開催するとき,その有用性を検証した博士論文である。今後,工学系を目指す高校生にも学んでもらいたい分野でもある。

これは工学博士の学位論文である。一般的には,工学と聞くと,「物作りの分野」というイメージが強いかもしれない。しかし,これは工学分野でも「人づくり」に貢献できることを実証した優れた論文である。

また,これは対話を対象にした室内研究と捉えられるかもしれない。しかし,私はフィールドワークの一種だと思っている。人の意識が移り行く原野を,水上氏は訪ね歩いたのである。

なお,この学位研究の動機を知るには,その先行研究としては,水上ほか(2012)も参考になる。

今回の学位研究では,市民がワークショップを通じて,「学びの形態」と「学びの営み」を展開し,その結果として,彼らが主体的行動変化を生み出すと考えた。ここで言う「学びの形態」とは,自分,周囲,講師との対話であり,「学びの営み」とは,共存,内省,物語,傾聴,分ち合い,承認である,と定義づけられた。

それを検証するために,ワークショップの前後での自己評価スコアを分析したのである。

学びの営みの中で,物語という項目があるが,これは,p.20表2に書かれたように,「自分の体験に基づいて,自分の考えを語ること」である。この意味で,storyと言うより,narrativeと言ったほうが良いかもしれない。

話が脇道にそれるが,この物語(narrative)が,住民参加による政策決定おいて,重要な要素であることを指摘した論文としては,例えば,藤井ほか(2013)がある。

物語と聞いて,ふと,レヴィ・ストロースの名前が思い浮かんだが,やはりあった。上記の著者のひとり,藤井による論考があった(藤井ほか,2011)。なお,藤井らによる,これらの研究もまた工学系の論文として発表されていることにも注目したい。

また,水上氏と私との間で,南方熊楠の話題が出たことがあった。そのとき,南方が研究において対話を重視した,と鶴見和子(1981)が述べている,と私が指摘したら,水上氏は驚かれた。鶴見氏は,水上氏の母校・津田塾大学の出身だと言うのである。津田塾大学では,対話重視の教育が行われてきたのだろうか,と思わず推測してしまった。

話を戻そう。

水上氏の研究においては,様々なデータが多角的に分析された。その過程で,私もいくつかの助言を水上氏に与えた。私は分析のヒントや計算方法を与えたに過ぎず,分析自体は水上氏が実行したのであるが,論文終わりp.112に,丁重な謝辞を頂き,私は今でも恐縮している。

この分析結果の中で,私自身が非常に興味を覚えたものがある。それがクラスター分析であった。

この研究では,ワークショップを通じて,参加者の意識や行動がどのように変化したかを,参加者自らが評価した。水上は,その結果を集計するだけでなく,多様な観点から統計学的に分析したのである。

このとき問題となったのが,学びの営みの6つの行為において,どれとどれが関連するだろうか,ということであった。

水上氏に対して,私はクラスター分析を提案した。すると,p.63の図3に示されたように,項目間で,興味深いペアが出来上がった。


「共存」と「承認する」
「内省」と「承認される」
「傾聴(全体)」と「分かち合い」
「物語(ペア)」と「傾聴(ペア)」


前2者の結果について,「承認する,される」という反対向きのベクトルが,「共存と内省」という要素に結びついたとは,おそらく参加者自身も気が付かなかったと思う。

また,「全体での傾聴」が「分かち合い」と結びつき,「ペアでの物語と傾聴」が結びついたことも明確に示された。

おそらく,ワークショップに参加することの意義を分析した研究で,このようなクラスター分析を実施した例は少ないであろう。クラスター分析では,距離の定義やクラスターの束ね方に,いくつかの方法がある。したがって,クラスター分析の適用には注意が必要だが,そのことがまた,思いがけない結果を生む利点ともなっている。

ワークショップ参加の効用を測るのに,個別の項目の分析だけでなく,複数項目間の関連性を探ることで,参加者本人も気づかないと思われる学習経験を表出させることが可能となる。ワークショップ開催者も,単純にアンケートを取り,集計するだけでなく,水上氏の研究のような分析を是非試みていって欲しいものである。


参考文献

藤井聡・長谷川大貴・中野剛志・羽鳥剛史(2011)
「物語」に関わる人文社会科学の系譜とその公共政策的意義
土木学会論文集F5, 67(1): 35-45.

川端祐一郎・藤井聡(2013)
ナラティブ型コミュニケーションの性質と公共政策におけるその活用可能性の研究
土木計画学研究・講演集,47.

水上聡子・粟原知子・桜井 康宏(2012)
ワークショップにおける内発的動機づけプログラムに関する研究
日本建築学会技術報告集,18 (38): 381-386.

水上聡子・桜井 康宏(2013)
協働的学びの場としてのワークショップにおける対話支援に関する研究-内発的動機づけに着目して-
日本建築学会計画系論文集,78 (685): 735-744.

鶴見和子(1981)
南方熊楠
講談社学術文庫

2014年1月14日火曜日

コクワガタの論文が医学論文扱い?


コクワガタ Dorcus rectus が形態学的に3型(trimorphismであることを明らかにした私の論文

Y. Iguchi (2013)
Male mandible trimorphism in the stag beetle Dorcus rectus (Coleoptera: Lucanidae)
European Journal of Entomology, 110: 159-163.

この論文が,HighBeam Researchというサイトで,医学関係の論文のように扱われていると最近知って仰天した。
Medical News Article on Entomology
Studies Conducted by Y. Iguchi et al on Entomology Recently Reported
しかも
originating from Nagano, Japan
となっていて,わざわざ日本の長野発のニュースであると書いているのには,二重にびっくり。

私としては医学や薬学の研究に役立つと思って書いたつもりはないのだが,なぜ Medical News なのだろうか?しかも,著者が, Y. Iguchi et al となっていて,複数著者であることを示しているが,実際には,私ひとりの単独著者である。

この論文の取り上げ方に関しては,他にもびっくりしたことがある。それは,科学技術総合リンクセンター J-GLOBAL に書かれたタイトルの翻訳である。
クワガタムシ,Dorcus rectus(甲虫類:クワガタムシ科)における雄下顎骨三様変態
下顎骨三様変態とは,なんともスゴイ名称ではないか。まるで医学(解剖学)論文並みである。

たぶん機械翻訳だろうが,もう少しクワガタムシの形態らしい翻訳は出来なかったかと思う。ただし,ここで私が翻訳すると,かえって混乱を招く恐れもあるので,やめておく。

このような例をネット上で見るにつけ,正式な学術論文を書いても,自分の意図とは異なる取り上げられ方をすることがある,と改めて思った。

余談だが,コクワガタの属名は,今ではオオクワガタと同じ Dorcus が用いられるのが普通である。しかし以前は, Macrodorcas が用いられることもあった。

実際,かなり前に「月刊むし」に書いた論文

井口豊 (1994) コクワガタの寿命について. 月刊むし, 280: 26.

この英文タイトル

The life span of of Macrodorcas rectus (Motschulsky)

このように, Macrodorcas を用いている。

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関連ウエブページ

コクワガタ3型の論文が,チェコ・カレル大学の卒論で引用された?


2014年1月8日水曜日

ゲンジボタル3型の存在を明記した長野県の生物多様性の解説


長野県環境部自然保護課がまとめた長野県の生物多様性ウェブページに,県内におけるゲンジボタルの生態的(明滅周期の)3型(東日本型,西日本型,中間型)の存在が明確に記された。

ページ上から1/4付近の遺伝子の多様性という部分に,下記のように,はっきりと書かれている。

長野県中南部に、この中間型である3秒に1回発光するタイプが存在することが確認されました。

都道府県レベルで,ゲンジボタル3型の生息を明記した生物多様性の解説は少ない。

しかし当然と言えば,当然である。ゲンジボタル3型がいずれも存在することは珍しく,しかも辰野町松尾峡のように,2秒型が観光用に大量移入養殖された状態で存在するから,3型が混在するのである。

長野県辰野のホタル再考: 観光用の移入蛍で絶滅した地元蛍 松尾峡ほたる祭りの背景にあるもの

冒頭の長野県の生物多様性解説については,実は,私の研究結果が大いに利用された。長野県環境保全研究所発行の長野県生物多様性概況報告書に,Iguchi (2009)Iguchi (2010)として引用されたのがそれである。本文では,p.26, 38, 56の文献番号 94, 95がそれに当たる。

前者は,辰野町松尾峡における移入外来ゲンジボタルの繁殖を遺伝的・生態的に明らかにした研究であり,後者は,フォッサマグナ地域におけるゲンジボタル3型の存在を回帰分析によって明らかにした研究である。

ゲンジボタルについて触れた生物多様性関連の都道府県や市町村の報告書は珍しくない。しかし,自らの自治体内で学術的研究が行われて,3型という多様性が明記された例は少ないものと思われる。

ゲンジボタル 3 型と地形地質との関連については,私の研究室ウェブ解説も参照。

ゲンジボタルの地理的変異と地質学的事件の関連

参考文献
Iguchi Y. (2009) The ecological impact of an introduced population on a native population in the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Biodiversity and Conservation, 18: 2119-2126.

Iguchi Y (2010) Temperature-dependent geographic variation in the flashes of the firefly Luciola cruciata (Coleoptera: Lampyridae). Journal of Natural History, 44: 861-867.